• 『君の名は。』『天気の子』新海誠の世界を、巨匠が語る
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2019.07.20

『君の名は。』『天気の子』新海誠の世界を、巨匠が語る

7月19日より公開された、新海誠監督の最新作『天気の子』。大ヒットを記録した前作『君の名は。』から3年ぶりの新作ということで話題となっていた。

『アニメージュ』ではかつて、アニメーション監督・杉井ギサブローさんの「ギサブローのアニメでお茶を」というコーナーを連載しており、2007年4月号の当コーナーでは、同年に公開された新海監督の『秒速5センチメートル』を取り上げ、杉井さんが新海監督の世界を語っている。

今回特別にこの記事を公開する。かねてから新海監督の個性に注目していたという杉井さんは、『秒速5センチメートル』をどう見たのか?


ギサブローのアニメでお茶を「心地よい情感」

なぜアニメを選ぶのか?

新海誠監督の新作『秒速5センチメートル』は、短編三部作という構成で作られています。その第一話「桜花抄」が始まってしばらく観たところで、「この人は、なぜアニメで作品を作っているんだろうか?」という不思議な印象を持ちました。ある男の子と女の子の話を非常に素直に描いていて、短編小説のような香りが伝わってきます。それに、雪の景色、駅の時刻表、列車などの風物は、まるで実景のように描かれています。なぜ小説にしないんだろう? なぜ、実写映画で撮らないんだろう? あえてアニメを選んでいるのはなぜなんだろう、ということですね。

でも、その疑問は映画が進むうちに消えてしまいました。見ていると「アニメじゃないとだめなんだな」ということが、自然に伝わってくるんですよ。アニメが実写と違うところは、一コマ一コマが「絵=アート」だということ。そして、絵である理由が明確に伝われば伝わるほど、見ている方は気持ちがいい。新海さんはそのあたりが良くわかっているのでしょう。

リアルではあるけれど実写の景色とは明らかに違う、絵画として描かれた「風景」を映像言語として使い、情感を心地よく演出している。そこが、新海世界の一番大事な部分。絵であることを意図的に、非常に巧く使っているように感じるんですよ。

新海作品のような背景美術ならば、キャラクターももっとリアルな方向に描かれてもおかしくはないですよね。でも、そういう方向にはいかない。キャラクターはあくまでもアニメっぽく描かれている。だからこそ、あの爽やかさが届いてくるような気もします。やはり新海世界は、アニメーションでなければ描けないでしょう。

新海世界に貢献するプロの技術

今回は、西村(貴世)くんというベテランのアニメーターが、作画監督として参加しています。僕の『あらしのよるに』にも参加してもらいましたが、柔らかい動きを作るのがとても巧い人です。だから、アニメートの技術は、これまでの2作に比べても巧くなっている。

ある種の素朴さを伝えようとするときには、巧さがかえって邪魔になってしまう危険性もあります。新海さんが描きたい世界は、必ずしも巧いアニメートが必要というわけではないと思うんです。なにしろ1作目の『ほしのこえ』は、新海さんがひとりで作ったくらいですから。

でも、今回の作品では、アニメートの巧さが新海さんの世界観を伝える強力な手助けになっていました。それはとても気持ちが良かったですね。

歩き方、手の上げ方、振り向き方……。プロの技術を持ったアニメーターが参加することによって、ひとつひとつの動きがよりデリケートになり、新海さんが伝えたいと思っている情感を表現している。

難しいところだけれど、巧くなることによって、逆に「普通のアニメ」になってしまうというケースも、ままある。その点今回は、プロのアニメーターの技術が、逆に素朴な新海さんの世界を膨らませることに役立っていて、ある意味ではほっとしましたね。しっかりと新海さんの作品世界に貢献していたということも含めて、巧いアニメートだったと思います。また、巧いアニメーターの技術を、自分の世界を描くためにしっかり使いこなす新海さんも、たいしたものだと思います。

抑制が生む素朴さ

前作『雲のむこう、約束の場所』のときにも感じたけれど、新海さんは「ここから先は踏み込まない」というコントロールがすごく巧いですよね。そこが新海さんの作家性でしょうが、もしかするとそれが、決して失われない素朴さや新鮮さに繋がっているのかもしれませんね。

もう一歩踏み込めば作品に密度が出たり、もう少し他のメッセージも伝えられるかもしれないーーでも、「ここでやめておこう」って抑える。その感覚が新海さんの持ち味だと思います。物語もあえて決着をつけずに、余韻を残して終わるように。そういうおしつけがましくないところが、心地よいのではないでしょうか。

一コマ一コマが絵画であるアニメの映像が、綺麗に配列されて、心地よく情感が伝えられていく。それが新海誠さんというアニメーション作家の映像の世界なんですね。


『秒速5センチメートル』
STAFF:原作・脚本・監督/新海誠 キャラクターデザイン・作画監督/西村貴世 美術/丹治匠・馬島亮子 音楽/天門 主題歌/山崎まさよし「One more time, One more chance」(ユニバーサルミュージック)

CAST:遠野貴樹/水橋研二 篠原明里(第一話)/近藤好美 篠原明里(第三話)/尾上綾華 澄田花苗/花村怜美

STORY:互いに境遇が似ていて、いつも一緒にいた貴樹と明里。小学校の卒業と同時に、明里の引っ越しで離れ離れになった二人は半年後、手紙のやりとりを始める。そしてある日、大雪の降るなか貴樹は列車に乗って、明里に会いに行くのだが……。幼い二人の交流を描いた「桜花抄」(第一話)、その後の貴樹を描いた「コスモナウト」(第二話)、そして彼らの魂の彷徨を切り取った「秒速5センチメートル」(第三話)の三本からなる、連作アニメーション作品。

文/アニメージュプラス編集部