• 理想の脳内再生を超えてくる映画『惡の華』、その秘密を聞いてみた!
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2019.09.26

理想の脳内再生を超えてくる映画『惡の華』、その秘密を聞いてみた!

(c)押見修造/講談社 (c)2019映画『惡の華』製作委員会

思春期の苦悩と歓喜との狭間で記される禁断の青春漫画『惡の華』が実写映画化される。映像化や実写化という意味では、すでにアニメや舞台にもなっている。漫画、アニメ、舞台と、多くの人が『惡の華』を知っているが、実写映画の中には、まだ知らない『惡の華』はあるのか? 監督・井口昇と原作者・押見修造に話を聞いてみた。

小説よりも漫画を原作とした実写映画は、脳内でイメージするための情報量が多く、自分の思い描いていた理想の映像と異なることが多い。個人差はあると思うが、この『惡の華』の実写映画は、その理想のイメージである最高の脳内再生を超えてくる。

「それはどうしてなのか?」原作者の押見先生と井口監督に話を聞くことで、その理由が理解できた。
▲(左)原作者・押見修造 (右)監督・井口昇

――『惡の華』を撮り終えての感想は?

井口 感慨深いですよね。押見先生に映画化したいとお願いしてから、8年(2011年10月)も経ちました。この『惡の華』を映画にすることができたら、僕は監督をやめてもいいと思っていましたので、大きな目標が実現できたいまは、これからどうしようという気持ちの方が強いです。

押見 いやいや、もっと映画を撮ってください。

井口 この8年間、先生とメールでやり取りさせていただいて、『惡の華』の実写映画についての相談や進行状況を説明、お互いの作品について感想など送りあっていました。

押見 作品の感想は、漫画を描くうえで凄く励みになりました。僕もこの映画が完成して非常に感慨深いです。8年間も井口監督に撮ってほしいと思い続けていたので、完成した映画を観たときには感無量でした。青春が終わった感じです。

井口 僕も、ひとつの青春にケジメがついた気がします。

――8年も意見を交わしたことで、『惡の華』を知ることが押見先生を知ることにつながり、井口監督の中にも押見先生が表現したかった『惡の華』が根を下ろしたのではないだろうか――

――押見先生は、もともと井口監督の作品を観ていた?

押見 19歳の時に『クルシメさん』という作品を拝見して、漫画の描き方や作品の作り方を教えていただきました。自分の内面の葛藤や悩み、もやもやしたものなどを漫画の登場人物たちにうつし替えて、どうやったら物語にできるのかを、監督の作品に教えてもらった気がしました。漫画家になれたのも井口監督のおかげだと思っています。

井口 本当ですか! ありがとうございます。

――おふたりは女の子をアップで表現することに長けていますが

押見 それは僕が影響を受けて描いているからだと思います。

井口 光栄ですね。映画として何を一番映像にしたいのかと考えたときに女の子の仕草であって、撮りたいものにカメラが近づいてもいいのではと思ったんです。日本の映画は引きで見せることが多いのですが、テレビとは違う意味で女の子にカメラが寄り添うことを意識して作ってきました。先生の漫画を読ませていただいたときに、女の子の仕草や表情がすごく魅力的で、この作品を生身の役者で撮りたいと思ったのが映画化へのきっかけです。だから先生から「僕の作品を見ている」と聞いて、驚きと嬉しい気持ちがあります。

――実写映画ならではの『惡の華』を教えてください。

井口 押見先生の描く漫画は限りなく写実的というか、すごく緻密に描いていて、映像としてその場にいるような感覚が伝わってきます。実写映画では、映像ならではの時間の見せ方や体温の見せ方があるので、迫ってくるような温度感や空気感、役者が持つ生理的なものを映像で見せたいと思いました。
11巻ある原作を2時間の上映時間に収めても「これは紛れもない『惡の華』だ」と感じられるように、『惡の華』が好きな人がもっと好きになる手掛かりとして、日常的な情報を入れることができたらいいなと。声の出し方、話し方や間合い、何を食べて美味しいと思っている人たちなのか? どんな温度や空気の中で過ごしているのか? それらをダイレクトに伝えられる力が映像にはあると思うので意識して作りました。

押見 漫画を描くときは、記憶の中にある実際の風景や、女の子の顔や表情を思い浮かべて、ある意味スケッチをして描いています。
実写映画の『惡の華』は、僕の脳内で思い浮かべていた情景、春日や仲村さんの存在を体現していると感じるので、観ていると喜びが湧いてきます。漫画の根本的なテーマ「思春期が終わって、その後も生きていけると思えるところまで」を、2時間という映画の中に落とし込めたのは奇跡のようなことだと思います。
アニメの放映から6年たっているので、アニメをきっかけに漫画を読んでくださった方や、10代の頃に共感した方が、大人になり客観的に見直したときに、春日や仲村さんの見方が違って見えると思うんです。
漫画が完結したときに「高校生編は必要なかったのでは」という意見もありました。そう思っていた人に、この映画『惡の華』を観てほしいと思います。そして、もう一度漫画で読んでもらえたら、高校生編が必要だったと分かってくれると思うんです。それが密かに願っていることなんですけどね。

――この映画は高校生編も描かれてますね。

井口 制作するにあたり『惡の華』をどこまで描くかが重要なポイントで、先生とやりとりをしている中で「ラストはどうなりますか?」と聞いたら「結婚に向かう物語なんです」と教えていただき、てっきり春日と仲村さんが結婚する話かと思ったら常磐さんが出てくる展開になりました。やはり先生の描く『惡の華』は、やらかして破滅してしまった中学時代を、更に乗り越えていく物語だったと結末まで読んで思ったんですね。なので、そこまでを描いてこそ『惡の華』だと思ったので、どうしても高校生編の結末までを描くことが実写のやるべきことなんじゃないかと思って。あと、僕は常磐さんというキャラクターが好きだったので、アニメにも舞台にも映像として出てこなかった常磐さんを映像に出してみたいなと思いました。

押見 確かに常磐さんが動いている姿は見たかったです。

――今回の映画は、常磐さんを含めた3人の女性が可愛いですね。

押見 すごく可愛いですよね。

井口 それはうれしいです。ありがとうございます!

押見 みんな好きになっちゃうんじゃないかな

井口 今回は役者が動くことで、何が正解かを教えられた事があって。撮影前の本読みで自由に演じてくださいと言ったのですが、玉城さんが演じる仲村さんの声や言い回し、にじみ出る表情が、僕がイメージしている仲村さんと違うところがありましたが、この仲村さんも正解だと発見させられたことが多かったです。
春日も、健太郎さんのピュア感や愛嬌が春日と同じもので、その無意識の魅力から「春日はこういう人かもしれない」と教えてもらったこともありました。春日は魔性をもっている人なんだと、だから3人の女の子が引きつけられていくんだ。もしかしたら振り回しているのは、春日じゃないかと健太郎さんの芝居を見て気がつきました。

押見 仕草や反応の間がものすごくいいですね。春日が喋っているときにパーンって仲村さんのビンタが飛んでくるタイミングは、自分が思っている一番気持ちがいいタイミングでした(笑)、仲村さんの怒号の煽りがピークに達してからの、落ち着く寸前のところで、可愛い声に変わるあたりとか、さすが監督と思いましたよ。あの声の出し方は完璧でした。

井口 ありがとうございます。

押見 仲村さんは、小さな女の子のような喋り方になることがあるんですけど、そこはまさにイメージ通りで、喋り方に癖がない萌え声の人というか、萌え声ではないのに可愛い声だったので、ファンの人にはその辺も確認してほしいです。

井口 撮影の初日がブルマを嗅ぐシーンと、教室を破壊するシーンだったんです。その代表的なシーンを初日に撮影したのですが、教室をめちゃくちゃに壊す玉城さんの芝居を見たときに、さっき先生がおっしゃったようにタイミングが完璧でした。まさに、「俺たちはそれを待ってました!」っていう絶妙なタイミングの芝居だったので、そこで安心しましたね。それと、健太郎さんのブルマの嗅ぎ方も「あ、春日、まさにそれ!」って思いましたよ(笑)

押見 それも完璧でしたね。


櫻井靖之

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