• 『推し武道』全話放送を終えて 山本裕介監督インタビュー:前編
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2020.04.24

『推し武道』全話放送を終えて 山本裕介監督インタビュー:前編

(C)平尾アウリ・徳間書店/推し武道製作委員会


――最終回まで放送してきて、観ていただいた方のリアクションもいろいろあったかと思いますが、放送日には監督の呟きもよくTwitterでお見かけしました。

山本 Twitterの感想はよく見ていました。特に放送日には自分も実況しつつ、リアルタイムの感想をチェックしていました。それで思っていた以上に視聴者の皆さんに受け入れてもらえていることに驚きました。「笑える」っていう感想も多かったですが、それ以上に「エモい」っていう感想も多くて。何でこんなに暖かい意見が多いんだろうって思う反面、途中からだんだん怖くなって来ました。「ここまで喜んでもらえると、もう絶対に裏切れないぞ、どうしよう」って(笑)。

それでもシリーズの前半、仕上げまで時間をかけることができていた頃はまだ安心していられたんですが、後半に差し掛かって時間がなくなって来てからは、「今回こそは叩かれるんじゃないか?」ってビクビクしていました(笑)。なんとか最終回まで走りきり、最後まで好意的に受け止めてもらえて本当に良かったです。悪くいう人がほんとうに少なかったので、逆になにかの陰謀じゃないかって疑ったりしてました(笑)。

最初からスタッフの士気は高かったんですが、放映開始後はモチベーションがさらに上がったように思います。視聴者の反応はスタッフの励みになりますからね。それぞれに手応えを感じたんじゃないでしょうか。

視聴者の反応も大事ですが、原作の平尾先生に喜んでもらえたことが何より嬉しいですね。原作ものをやる場合には、原作者に喜んでもらうものを作ることを常に目指していますので。担当編集の猪飼さんも呟きですごく喜んでくださったようなので、安心しました。

――お客さんのリアクションも優しかったということですが、この作品が好きな人は愛が強いのかもしれませんね。

山本 実際のアイドルオタクの方も見てくださってましたが、そうでない人にも楽しんでもらえたみたいですね。

――オタクではなくアイドル側の人たちも見てくださっているじゃないですか。

山本 いろんな立場から感想をもらったんですが「現実はこんなもんじゃない」っていう感想はあまり見ませんでした。一種のファンタジーとして微笑ましく受け取ってもらえたようです。この作品に関してはリアリティに走らなくて正解だったなと思います。

――映像に関してはいかがでしたでしょうか。

山本 テレビシリーズを毎回80点以上で作るのはまず無理なんですが、とにかくアベレージを保つことを目指しました。シリーズは最後まで転ばずに走り切ることが大事なんです。スタッフは本当によく踏ん張ってくれました。キャラにしても背景にしても、あの絵は1枚描くだけでも大変だったと思いますよ。その上にさらに撮影さんが魔法のフィルターを乗せることによって、ふんわりして暖かい、独特な『推し武道』の世界が出来上がるんです。

――この作品は舞台が岡山県と、明確な場所が決まっています。ロケハンにも行かれたそうですが、実際の場所を舞台にするのはむずかしいのでしょうか。

山本 実在の場所で写真を撮ってきて、それをそのままレイアウトにする手法は今や珍しくなくて、ある意味作業は楽なんです。アニメーターが背景原図を描く手間が省けますし、パースが破綻しないので。

ただ、最終的にどう「絵」に落とし込んでいくかは、すべて美術さんの力量次第です。写真をそのままなぞっても「絵」にはならない。ここ数年、背景が写真にしか見えない作品が多くなっていますが、それは『推し武道』では避けたかった。

そこで美術さんには、写真を元にした上で写真に見えない描き方はできないか、という難易度の高いオーダーをしたんです。それで「ものの輪郭を線で捉える」という、セルに近い背景の描き方に行き着きました。

写真から線を拾うという作業は、美術さんでもやれる人が限られるんです。おまけに素材の使い回しもきかなくなる。その結果、美術監督の益田(健太)さんの負担がめちゃくちゃ増えちゃったんですよね。相当大変だったのは間違いないですが、効果は画面から十二分に感じてもらえると思います。

――ロケハンにはどなたが行かれたんですか。

山本 近場だったらみんなで行こうって話になるんですが、岡山はそれなりに遠いのと、泊りがけになるので僕だけで行きました。1回じゃ周りきれなかったので、2回になりました。電車、タクシー、それにホテルで自転車を借りたりして、岡山市内をあちこち走り回りました。楽しかったですよ(笑)。

――おひとりだと大変じゃないですか。

山本 今回に関して言えば、むしろひとりのほうが楽でした。何人かで行くと、僕が写真を撮っている間、他の人を待たせることになって気を遣うんです。ひとりの方がフットワークも軽いですし。

――その撮ってきた写真をもとに、監督がスタッフの方に説明されるんですね。

山本 写真を見せながら例えば、「シナリオにはただ “路上”って書いてあるだけですが、この写真のこの場所を使ってください」などと、コンテマンにイメージを伝えるのに役立ちます。ただの道路をアニメで描いてもつまらないじゃないですか。通行人がいっぱい歩いていて車もブンブン走っていたら作画も大変だし。だったら、ロケハンで見つけた用水路沿いの遊歩道にしよう。東屋もあるし石像もあるし、味のある橋も架かっているし。おまけに人が少なくて車も走ってないから作業も楽(笑)。ロケハンではそういう理想的なロケーションを探してくるわけです。

それと現地に行って納得したことがひとつ。原作でえりぴよがしばしば川に落ちるんですが、人間が川に落ちるってよっぽどのことでしょう?アニメで説得力を持たせられるか心配してたんですけど、岡山に行ったら柵のない用水路がそこかしこにあって。これは落ちても仕方がない(笑)。平尾先生はこれを表現していたんだなって感動しました。この作品ではとにかく用水路を推していこうと。岡山っぽいし、風景としても見栄えがいいし、川に流される説得力も生まれる。その発見がロケハンに行った一番の収穫だったと思います。城も重要ですが、『推し武道』にとっては用水路のほうがもっと大事な舞台装置だったと思っています。

――主題歌や劇中歌と、アイドルが登場する作品なので歌がいろいろなところで使われていますが、歌に関してはいかがでしょうか。

山本 それに関してはポニーキャニオンさんや他のプロデューサー陣が詳しいので、僕から特にオーダーはしていません。ChamJamの歌をどれくらいリアルな地下アイドルに寄せるかといったさじ加減もお任せしました。最終的にはコンペでいろいろな曲を聞かせていただいて、投票で決めました。でも、今となっては『ずっとChamJam』はあれ以外考えられませんね(笑)。

文/阿部雄一郎

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