――キャストについてですが、アイドルにオタクと、人数も多かったと思います。お芝居についてはいかがでしたか。
山本 とにかく何を置いても、えりぴよ役のファイルーズあいさんの存在が大きいです。彼女なくしてアニメはここまで盛り上がらなかっただろうと思います。新人なのにすごく達者で余裕があって、なおかつフレッシュさもある。叫べて、その上で言葉がしっかり聞き取れる。毎回のアフレコで予想を越える芝居をしてきてくれました。逸材でしたね。
でも、実はテープオーディションではあまりピンと来てなかったんです。スタジオでの二次オーディションで生の声を聞いたときに、「この人はすごい」となって、僕だけでなくほぼ満場一致で決まったと思います。他にも上手な中堅どころの役者さんはたくさんいたのですが、ファイルーズさんは飛び抜けていたように記憶してます。
他のChamの子たちは全体のバランスを考えながらキャスティングしました。結果、うまい具合にハマってくれたというか、それぞれが自分の役割をちゃんとわかって演じてくれていたように思います。最初はお互いに手探りだったでしょうが、2話3話とやっていくうちに、パズルのようにピタピタと収まっていった感じですね。
れお役の本渡楓さんは、どこかしら脆いものを秘めたリーダーだということを原作から読み取って、最初からちゃんと計算して演じていたんじゃないでしょうか。それが最終回あたりでちゃんと実を結んでいると思います。
舞菜役の立花日菜さんは、いい意味でマイペースだったというか(笑)。舞菜はアフレコで録り直しも多くて心配した時期もあったんですが、最後に音楽が加わって完成画面になると、すごく舞菜っぽくなるんですよ。それこそ最終回Cパートのラストカット、「がんばるぞ!」は何回も録り直しをしました。僕と明田川さんが思っていたものとはちょっと違うんだけど、「舞菜はこれでいいのかな」って最終的には僕らの方が納得しました(笑)。立花さんの中で自分の舞菜像をちゃんと掴んでいたんじゃないでしょうか。彼女じゃないと出せない味があるんだなと思いました。
――立花さんにもお話をうかがったときに、その話をお聞きして、「何回も録り直して本当にご迷惑をおかけして」というようなことをおっしゃっていました。
山本 いえいえ、全然そんなことはなかったです。アフレコはとにかく毎回楽しかった記憶しかありません。女性たちだけでなく、男性陣も実に楽しそうに役を演じていましたし。前野(智昭)くんをはじめ、普段は二枚目を演じている役者たちが、揃いも揃って何をやってるんだ(笑)。後で聞いたんですが、藤川役の阪口大助くんとか、長井役の竹本英史さんとか、役を演じてるうちにガチにゆめ莉推しになったそうです。竹本さんは役の上でもゆめ莉推しですけれど、阪口くんはあーや推しじゃなかったのか(笑)。
アニメに詳しい人からすると、オタク声優陣の配役がリッチに感じられるみたいですね。あんなちょい役をガンダムに乗っているような方々がやっている(笑)。社長、吉川役の中村悠一くんもそうですよね。ほぼ毎回「ありがとうございました」しか台詞がないのに(笑)。あれは明田川さんの采配で、今作はオタクにも力点を置きたいっていう話をしたら、彼らをキャスティングしてくださったんです。
――吉川の「ありがとうございました」だけであれだけバリエーションがあって、毎回楽しみでした。
山本 そうですね(笑)。続けて聴くと本当に面白いです。オタクの演技に合わせてリアクションを全部変えているんですよね。
――すごいなと思いました。
山本 吉川はもともとそんなに大きな役じゃないし、どちらかというとChamJamに対してもドライというか、あまり思い入れがないように見える脇役でしたが、だんだん「中村悠一にもうちょっとしゃべらせたいよね」って欲が出てきて。最終回では彼や三崎さん達にも花を持たせたいよねって話になって、それで運営スタッフ達がちょっと張り切るくだりが追加されたんです。いわばアフレコからのフィードバックで生まれた演出ですね。
――当初の企画から変わっていったことは他にもありますか。
山本 最初は、全12話だとChamJamのエピソードはあまり描けないんじゃないかと思っていたんです。メインはやっぱりえりぴよ達オタクだと。でもシナリオを転がし始めると全然そんなことはなくて。Chamの結成話もちゃんと入ったし、ゆめ莉と眞妃の握手のくだりや、文と空音の確執、優佳の成長話も描けて、最終回にいたってはAパートはほぼChamの話になりました。えりぴよがほとんど出てないにも関わらず一番いい話になった(笑)。
劇伴を発注するときも、エモい曲、コミカルな曲、イケイケな曲の割合に注意していたんですが、終わってみると想定以上にエモ曲が流れていた印象がありますね。それは、当初考えていたバランスとは違うんだけど、選曲しているうちに僕自身もどんどんそっちに引き寄せられていったんです。
たぶん、最終回のラッシュチェックでは、松尾プロデューサーをはじめ多くのスタッフが涙をこらえて観ていたんじゃないかな。最後はスタッフまで「俺達のChamが」っていうオタクと同じ気持ちになっていましたから。
もっとドタバタなギャグを増やしても良かったんですが、ギャグとエモのバランスはこのくらいがベストで、みんなが観たかったものもこういう『推し武道』だったんじゃないかと」
――「エモくする」っていうのは寺田さんがだいぶおっしゃってましたね。
山本 「エモい」っていう言葉が、『推し武道』の現場のスローガンになっていましたね。ある意味、寺田さんをダシにしてスタッフを焚き付けていたところもあります(笑)。「プロデューサーが “エモくしろ” って言うんですよ」とか「僕はそう思わないんだけど、プロデューサーが言うので、ここはひとつエモく」みたいなこと言うと、演出さんも美術さんも撮影さんも、みんな「しょうがないなあ」って言いながらどんどんエモい方向に突っ走っていくんです(笑)。
それともうひとつは、僕が以前監督した『N・H・Kにようこそ!』っていう作品を寺田さんが見てくださってて、その劇中の1シーンのニュアンスが共通言語になっていたというのがあります。あの作品もギャグとエモが同居していましたからね。
そのあたりのすり合わせがなかったら『推し武道』も僕が最初に原作のマンガを読んだ印象のまま、もっと乾いたギャグの方向に向かっていたかもしれません。そうしたらアニメではうまくいかずに、スベっていた可能性もありますね(笑)」
――平尾先生と声優の佐倉綾音さんとの対談でも話題になりましたが、やりすぎない感じのギャグの加減がちょうどよかったんじゃないかっていう話をされていました。
山本 そうですか。たまにやりすぎているところもありましたけどね(笑)。あまり悪ふざけをしても違うし、基本的には原作の味を活かすように心がけたつもりです。
単独インタビューはここまで。裏話も含めてたっぷりとお話いただきました。この監督のお話をふまえて、第1話から観直すと、面白い発見ができると思います。Blu-ray Vol1&2やニコ生の一挙振り返り上映をご活用ください。
そして後編では、みなさんからいただいた質問に監督が答えてくれます。前編のインタビューの中で、いただいた質問の答えになっているものもあるので、全てはお答えできていませんがご容赦くださいね!
(C)平尾アウリ・徳間書店/推し武道製作委員会