――ありがとうございます。ちなみに、自分たちの中での「JAMらしさ」って、何か基準になっているものはありますか。
影山 音楽的に言えばパワーのあるハーモニーを売りにしていくべきだと思っているし、アニソンという側面でいくと、それを映像的な音楽にするために俺たちの得意技を使いたいと思っています。アニソンって映像と一緒になって鳴らされるものなので、視覚的なものを感じさせることが絶対に必要だと思うんです。戦うヒーローを応援する歌を歌うならパワーとロックを打ち出したいし、それが一番できる存在でありたいと思っています。
きただに うん、唯一無二の存在でありたいですよね!
――いわゆるアニソンと呼ばれる曲はいっぱいあるんですが、今はどちらかと言うと、ある曲を作品にはめこんでいるものがほとんどだと思うんです。ところがJAM Projectは作品のために自分たちで曲を作っていくでしょう、これって今や貴重な存在だと思うんですね。そもそも海外にはありませんものね、こんなジャンル。
影山 海外でも頑張って作ってはいるみたいだけれど、まだまだ歴史の違いがあるよね。
きただに JAM Projectの立ち上げが、そもそもそういうところからですからね。
奥井 古臭く暑苦しく聞こえるかもしれないけれど、そんなJAM味(み)は残しつつ、新しい要素も入れてます。影山さんはその辺り、アンテナ張ってるから。
影山 ピシッ!(と頭からアンテナを生やす仕草、一同笑)
――今回の映画のラストはJAMの新たな挑戦の幕開けを象徴したもの、と言えるのではないかと思います。それを踏まえて、20周年を越えてのJAMの展望についてお聞かせいただけますか。
影山 映画の中でも描かれていますけれど、20周年のツアーが発表されてチケットが売り出された時だと思うんですが、自分自身も作業の中でマンネリズムと戦っていました。自分が作り上げてきたJAM Projectのイメージに囚われ続けていることに疑問を持っていたし、さらに体力的にもどうか……みたいなムードになっていた時に、コロナの騒動が起きた。
でも、最後のインタビューでは、JAM Projectに対してめちゃめちゃポジティブになっていたんです。それはマンネリと感じていた「ずっとやって来た同じこと」が「自分たちしかできないスタイル」と確信できたから。だったら、それをもっと強烈でストロングな形にして、みんなの前で早く歌いたい。
そんなアーティストとしての欲望、まさに「百倍返しじゃー!」みたいな気分がありますね。今後も自分たちだからたどり着ける未知の領域を開拓したいです!
奥井 若い頃はやりたいことがたくさんあって、その目標をがむしゃらに目指していたのに、いつの間にか気づくと「(感謝しつつも)やらせてもらえるのが当たり前」のような感覚になっている部分もあったかもです。ですが、ライブがやれない、自分たちも歌えないという状況になった時、自分たちの年齢でコンスタントにCDを出したりライブができることは当たり前のことではない、と改めてわかったんです。
なので、これから今まで以上にJAM Projectにエネルギーを注いでいきますので、もしライブができるようになったらファンの方には是非来ていただきたいと思います。
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