• またウルトラマンをやりたい! ケイン・コスギインタビュー
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2019.08.09

またウルトラマンをやりたい! ケイン・コスギインタビュー

ケイン・コスギさん

「ウルトラヒーローメモリアル ウルトラマンパワード」のサイン入れ直後のケイン・コスギさんにお話をうかがった。撮影当時のお話から、トレーニングの仕方まで、今まであまり語られていない貴重なお話です!



初めはスーツを着るほうかと思いました


——『ウルトラマンパワード』から26年経ってこういう商品が発売されます。今日はサインを入れていただきました。

ケイン 色紙にサインだけする時とはちょっと違いますよね。ウルトラマンは自分にとってもすごいヒーローなので緊張しました。ひとつひとつできるだけ丁寧にサインしました。『ウルトラマンパワード』に出演したのは18歳のとき、高校卒業してすぐの頃でした。それまでも父親の作品に出たことはありましたが、一人で、しかも主役の仕事は初めてでしたので、自分にとってとても大きな意味を持つ作品ですね。たくさん思い出もありますし、いろいろなことを学びました。

——『ウルトラマンパワード』に出演するきっかけは?

ケイン 高校卒業してすぐに一人で日本に来て、NHKの大河ドラマへの出演が決まっていたんです。アルバイトや日本語の勉強をしながら、撮影をしました。大河ドラマの撮影が終わったら、一度アメリカに戻って大学に行くか、俳優を目指すか、いろいろ迷っていました。その間、日本のテレビ番組を見て、日本のタレントや俳優さんはすごいと思いました。映画にも出て、CMにも出て、歌も歌ったり。アメリカとは違ったんです。今は全然違いますけど、当時アメリカの俳優は、映画は映画だけ、テレビはテレビだけに出演することが多くて、日本だといろいろな仕事ができてすごく勉強になるし、自分にプラスになると思ったんです。もうちょっと頑張っていろいろな役をやってみたいとか、CMやバラエティ番組も出てみたいので、日本で頑張ってみようという気持ちになったんです。そんなとき、たまたま大河ドラマの撮影の合間に、円谷プロの方にお会いできて、チャンスをいただきました。すごくラッキーだったと思いますね。僕は父と二人で、円谷プロの方は大勢いて。場所はホテルニューオータニでしたね。今も覚えています。日本語はあまりしゃべれないからちょっとだけ挨拶して。その時に話が決まったみたいですね。

——オーディションはなかったんですか?

ケイン そうですね。アメリカで撮影するけど、主役は外国人ではなく日本人にしたいということだったと思います。

——その時、ウルトラマンはご存知でしたか?

ケイン 知らなかったですね。当時はあまり日本のヒーローものとかアニメとか放送されていなかったんですよね。中学か高校生の頃、『マクロス』は英語吹き替えで放送していて、流行っていました。後で自分で調べてみたら、「見たことある! リトルトーキョーでこういう玩具があった」って気づいて、知り合いの日本人の方にきいたら「これはすごいですよ」って。「ウルトラマンは子どもたちのヒーローだから」って。

——巨大なヒーローで、そのヒーローに変身する役なんだっていうことが徐々にわかってきたんですね。

ケイン そうですね。でも、「もしかしたら変身の後かな。マスクをつけて僕がアクションやるのかな?」とも思ったんです。そうしたら変身前だよって教えていただいて。別にアクションできるならスーツでもいいかなって思っていました(笑)。

アメリカでの撮影


——『パワード』の撮影はアメリカですよね?

ケイン 全部ハリウッドで撮りました。大河ドラマの仕事が終わってすぐにアメリカに戻って、3〜4カ月くらいの撮影でした。最初はいろいろなところでロケをして、そこからスタジオが結構長かったですね。飛行機のコクピットとかW.I.N.R.の司令室とか、室内の撮影とか全部セットでの撮影です。スタジオが家から車で1時間くらい、毎日自分で運転して行ってました。まあまあ遠かったですね。でもそれもすごくいい思い出ですね。今でもよく覚えています。大河ドラマの撮影の間、7〜8カ月くらい一人暮らししていたんですね。その間はホームシックだったので、『パワード』で久しぶりに家族と一緒にいられて、プラスで仕事もできて、すごくハッピーな時間でした。英語をしゃべれるのでホッとしましたし(笑)。

——当時日本語はどのくらい話せたんですか?

ケイン 『パワード』の頃までは、ほとんどゼロに近いです。あいさつ程度でした。

——初めての一人暮らしで日本という異国で、言葉もしゃべれないのは不安ですね。

ケイン 大変でしたね。なんかもう毎日毎日きついなって思っていましたけど、『パワード』でアメリカに戻ったとき、やっぱり日本でもっと頑張っていろいろやってみたいとも思ったんです。

——先程おっしゃっていた日本の芸能界というか、日本の俳優の魅力なのでしょうか?

ケイン そうですね。とても興味がありました。

——実際『パワード』の撮影はいかがでしたか?

ケイン まずものすごい人数のスタッフさんがいて驚きました。隣では特撮のオープンセットを作っている最中だったんです。ドラマ部分の撮影が先で、その後、怪獣の撮影だったんです。僕たちが撮影している時は、セットや怪獣とかいろいろ作っている段階だったので、作っているものを見て、「これはすごいな」と思いましたね。

——特撮の撮影は見ましたか?

ケイン 自分の撮影がクランクアップしてから、1、2回くらい観に行きました。

——いかがでしたか?

ケイン こんなに時間がかかるんだなってびっくりしました。撮影して、ちょっと動かしてセッティングしたり、大変だなと思いました。

——大きな怪獣に対しての演技はどうでしたか?

ケイン 「このへんにでっかいモンスターがいるよ」ってテニスボールを置いて、そこが目線ですよっていう感じでした。監督さんがアートディレクターをやっている方で、絵に描いて、こういうでかいモンスターが出てくるからと丁寧に教えてくれました。

——主人公のケンイチ・カイという青年を演じてみていかがでしたか?

ケイン 本当に若かったから、何もわからずにやっていましたね。当時に戻りたいです(笑)。すごくもったいないなって思うんですよ。今なら日本に25年以上住んで、ウルトラマンのすごさもわかりますし、当時の自分に「ケイン、これはすごいことだからちゃんとやって」って言いたいですね。

——撮影のスケジュールはどのような感じでしたか?

ケイン 全然楽でした。アメリカではユニオンなどが厳しかったので、他の国での撮影と比べると天国です。撮影がちょっと押すとスタッフやキャストみんなが大喜びなんです。ギャラが増えるので。1日に撮影できる時間が決まっているので、オーバーしそうになると、みんなでカウントダウンして喜んでいました。アメリカは比較的スローペースですね。1週間のうち2日間は必ず休みとか、1日何時間しか撮影できないとかスローペースなんです。だから楽ですね。5日間仕事をして土日休みとか。

——他の出演者の方たちとはどのようなコミュニケーションをとられていましたか?

ケイン みんな優しくて、特にジュリー・ヤング役のロビン・ブライリーとは歳が近かったこともあって。同期のような感覚で撮影の合間とかずっと一緒にしゃべったりして時間を潰しましたね。

——撮影終わりにみんなでご飯に行ったりなどは?

ケイン なかったですね。アメリカは撮影が終わったらすぐに帰るんです。撮影所も遠かったしみんなバラバラで普通に帰って。撮影が全部終わって、一度打ち上げみたいなことはありましたが、日々の撮影終わりにご飯を食べに行くとか飲みに行くっていうのはあまりなかったです。


文/阿部雄一郎