◆アニメ業界はエンタメ界「最強の用心棒」であってほしい◆――そのほかに、気になった作品などはありますか?藤津 注目の作り手ということで挙げるなら和田淳監督でしょうか。『いきものさん』(7月~9月)というTVシリーズを手掛けているのですが、アニメーション作家として世界でも賞を獲っているような人が、まさかTVアニメで監督をするとは……と。
――和田さんはシュールな作風のショートアニメなどで高く評価されていますね。藤津 『いきものさん』も基本的には「和田淳の世界」という感じです。和田さんの短編って、いろいろなキャラクターが「謎の儀式」をやっていることが多いんですよ。いわば「ルールがわからないスポーツ」みたいなシュールなコントに近いものをアニメーションでやっている。ですが『いきものさん』は登場する動物が可愛いという点で、ポピュラリティが得られているわけです。いわゆるインディペンデント系のアニメーションと商業アニメーションは「はっきり区別される異なるジャンル」と捉えられがちだけれど、実はその狭間には分類が曖昧な「境界域」がちゃんとある。『いきものさん』は、その境界域に上手く投げ込んでいるようで面白かったです。
同じような意味で、映画『オオカミの家』(8月19日 日本公開/レオン&コニーシャ監督)も興味深かったです。
――こちらも、『ミッドサマー』のアリ・アスター監督が絶賛したことでかなり話題になった1作ですね。藤津 ジャンルとしてはいわゆるアート系のアニメーションになると思うし、ペインティングで表現される平面的なアニメーションと立体アニメーションが行ったり来たりする面白い作品です。それが、イメージフォーラムが満員になって、川崎のチネチッタで拡大上映されたりして。
なぜ、それだけのムーブメントになったのか、考えても再現可能な理由が見つかるかどうかわかりませんが……つまり普段はそういうものを観に行かないタイプの人が「面白かった」「インパクトがあった」と言ってるわけです。もちろん大手の商業アニメに比べればパイは小さいですけれど、そこにも何か「境界域」「狭間」があるのでは、と強く思ったんですよね。
――そういう多様性があるのは、シンプルに健康的ですよね。藤津 そうなんです。ただ、そういう作品があったとして――これは自分の配信でも話したのですが――漠然とアンテナを張っている人にどうすれば届くのか? という問題があるわけです。そのあたりを配信で話をしたら、昔、そういうタイプの人は「夜想」みたいな雑誌を読んでいたんだ、という話も出たんですけれど(笑)。
――懐かしい(笑)、アンダーグラウンド系のサブカルチャーマガジンですね。ヤン・シュヴァンクマイエルやブラザーズ・クエイなどの作家特集をよく取り扱っていました。藤津 はい。かつては、アート系のアニメーションがそういう媒体に載ると好きな人が観に来る、みたいな状況があったんですよね。でも、今はメディアがあまりそういう形で機能しなくなっている。そういうメディアが担っていた「情報を配達」をするという役割を、今は何が担っているんだろうか? SNSはそれを担っているのだろうか? と。
そういう意味では2023年は、広い意味で「宣伝」について考えさせられた年でした。TVシリーズなら、先ほども話題に出た『推しの子』や『葬送のフリーレン』のように、放送開始に合わせて特別な試みをして、話題を盛り上げました。
――『推しの子』は第1~3話にあたる内容を放送前に劇場公開。『葬送のフリーレン』は、第1~4話を金曜ロードショー枠で一挙放送しました。藤津 今後はそういう仕掛けも増えるのではないでしょうか。現状、届いていないところにいかに届けるか……それこそ「宣伝をしない宣伝」とか(笑)。
――そちらも大きな話題にはなりましたけど、実際の効果としてはまだ未知数の部分が大きかったですね。藤津 「全部言えばいい」でもないし、でも「こういう作品だ」と伝えた方が良いこともあるし。そうした「伝達」は何によって為されるのだろうということも、今後の課題になりそうな気がします。
――では最後に、そのような状況も踏まえつつ2024年への展望をお聞かせください。藤津 映画は引き続き話題が多い年になりそうだな、というのがひとつありますね。『名探偵コナン』を筆頭とする恒例のシリーズはもちろん、注目作としては山田尚子監督の『きみの色』(2024年秋公開予定)、それから長井龍雪監督、脚本・岡田麿里、キャラクターデザイン・田中将賀という『あの日みた花の名前を僕達はまだ知らない』『心が叫びたかってるんだ』のトリオの新作『ふれる。』(2024年秋公開予定)も注目したいですね。岡田さんが監督になり、田中さんも新海作品などで活躍し、もしかしたらこの3人が集まることはもうないのかも……と思っていたので。どんな作品が観られるのか、とても楽しみです。
▲『ふれる。』(C)2024 FURERU PROJECT
――映画、TVも含めたアニメ業界全体の状況については、どうお考えですか。藤津 TV局がもう視聴率=放送収入だけでは成り立たないので、放送外収入を得るために積極的に出資をしたり、TV局主導でのコンテンツ製作に力を入れたりするという、数年前から続いていた傾向が、いよいよ本格的になってきたという感触があります。そういう大きな流れに、アニメもある意味、取り込まれていくのは避けられない。そうなると、改めて、アニメ業界が出版業界などの「下請け化」していく状況でよいのか、という問題が浮上する可能性があると思っています。
今、アニメ関連産業はエンドユーザーの支払額が3兆円近い規模になってきたと言われています。そうした状況で、ずっと言われている「現場が疲弊している」という問題を改善するのは大前提として、それとは別に、いろいろな産業からアニメの力が求められる時に、言われたとおりに何でもやる「下請け」になってしまうとつまらないなと、僕は思っていて。独立独歩は非現実的だとしても、せめて三顧の礼で迎えられる「最強の用心棒」くらいにはなってほしいなと思うんですよね。
原作ものをアニメ化する際も、アニメの作り手にも注目が集まるようになっていて、かつてよりは「やりがい」は増していると思います。出版社が主導権を持っていたとしても、アニメの側からも「作家の作品」として積極的にコミットする形がしっかり作れることができれば、トータルとしてはそれほど悪くない着地ができるのではと思うんです。
――双方に利益のある形に収まれば、ということですね。藤津 そういうイコールパートナーの関係を他の業界と作ることができるかどうかは、2024年以降、これからの業界の在り方にかかっていると思っています。だからこそその一方で「オリジナル作品、頑張れ!」という気持ちも、個人的にはさらに強くなっています。
藤津亮太(ふじつ・りょうた)1968年生まれ。アニメ評論家。新聞記者、週刊誌編集部を経てフリーライターに。アニメ・マンガ雑誌を中心に執筆活動を行う。近著は『アニメと戦争』(日本評論社)、『アニメの輪郭 主題・作家・手法をめぐって』(青土社)、『増補改訂版「アニメ評論家」宣言』。
治郎丸慎也(じろまる・しんや)1968年生まれ。1991年徳間書店に入社、月刊誌・週刊誌の編集部などを経て、2020年よりアニメージュプラス編集長に。