• 【Awkmiu】が語る。EP「アロー」、17歳の頃、そしてこれから。
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2023.09.16

【Awkmiu】が語る。EP「アロー」、17歳の頃、そしてこれから。

シキ(Vocal & Guitar)、Aki(Keyboard)、カヤケンコウ(Bass)、関根米哉(Drums)


■独特な経歴を持つ4人。「みんな音楽オタクです」

――ちなみにライザと同じ17歳の頃、皆さんは何に夢中になっていましたか?

シキ:私は、受験勉強と東京事変です(笑)。椎名林檎さんが大好きで、生き様に影響を受けたと言うか。カリスマだし、自分には無い部分がたくさんあると思って。曲ももちろん好きですけど、自分の曲作りへの影響は全く無くて。

――では、曲作りで影響を受けているのは何ですか?

シキ:昔から「レ・ミゼラブル」とかの舞台音楽を聴いていたので、根底にあるのはそれです。初めてJ-POPを聴いたのが15歳の時で、クラス会のカラオケで友達がRADWIMPSさんや米津玄師さんを歌っているのを聴いて、「こんな曲があるのか!」とカルチャーショックを受けました。それから浅く広くいろいろ聴くようになったのですが、その浅く広く受けたJ-POPの影響が、多分いい感じで舞台音楽の部分を中和してくれているのだと思います。

――だいぶ独特ですね。Akiさんは?

Aki:高校のオーケストラ部に所属していて、高3の時に演奏会でセルゲイ・ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を弾く機会に恵まれたのですが、大曲なので生半可な気持ちではできないと思って高1から演奏会まで、その曲をひたすら練習していました。

――バンドはいつから?

Aki:バンドを始めたのが大学からで、それまでは3歳からクラシックピアノをやっていて。高3でピアノコンチェルトを弾いたことで、自分の中で一つ区切りがついて。大学では新しいことにチャレンジしたいと思いジャズサークルに参加して、その頃はよく上原ひろみさんの曲をよくコピーしていました。

――Akiさんは幼少時代ニューヨークに住んでいたそうですが、J-POPはどういうものを聴いていたのですか?

Aki:ちょっと偏っていて。ニューヨークに住んでいたので日本の文化を入手できるルートが限られていて、両親と姉が聴いている音楽を聴くくらいしかなかったんです。それで姉が好きだった嵐さんと、母親が好きだった沢田研二さんと福山雅治さんが初めて触れたJ-POPです。

――これまた特殊な入り方ですね。関根さんは?

関根米哉:僕は高校でマーチングバンドをやっていて、全国でも1位2位を争うくらいの学校だったので、17歳の夏は大会に向けて休みなく練習していました。僕はフロントピットという、ドラムだけじゃなく木琴やパーカッションなどやるパートだったのですが、その経験が今に生きて、サポートでパーカッションをやらせていただくこともあります。他のドラマーとはちょっとアレンジが違ったり変わったフレーズを叩いたりするのは、そういう経験があるからなのかなって。でも、J-POPは一番普通に昔から聴いていました。好きなドラマーは東京事変の刄田綴色さんなので、そこはシキとも通じるところがあります。

――カヤさんは?

カヤケンコウ:僕は、それこそベースを始めたのが17歳なんです。高校の文化祭で2コ上の先輩がT.Rexの「20th Century Boy」をコピーしていて。イントロがすごく格好良くて、ギターが弾いているんですけど、ベースで弾いているものだと勘違いして、それでベースを始めて今に至っています(笑)。

――でも実際にベースで弾いても、あの格好いいイントロは弾けなかったですよね。

カヤケンコウ:そうなんですよ。家にベースがあったので弾いてみたんですけど、思っていた音が出なくて「あれ?」ってガッカリはしたものの、それはそれでベースも楽しいなと思って。で、大学でAkiさんと同じジャズサークルに入って、T-SQUAREさんとかカシオペアさんとか、古きよき日本の“Jフュー”と呼ばれるジャンルなどをやっていて。Awkmiuでそういうテクニックを使う機会はあまり無いのですが、それをJ-POPにどう落とし込むか考えるのも楽しくて。

関根米哉:でも「アロー」のCメロは、フュージョンを感じるよね。

カヤケンコウ:我慢できなくて、「もうやっちゃっていいよね!」という感じでガッツリ弾きまくっています。

関根米哉:みんな音楽オタクなんです(笑)。

――皆さんすごいバラバラで、どういう出会いで結成したのですか?

シキ:自分とカヤが大学の同期で、カヤのジャズサークルの3コ上の先輩がAkiさんです。もともとカヤとバンドをやっていて。米哉さんは自分たちの、レコーディングエンジニアをやってくれていて。そういうつながりで、このメンバーになったのが一昨年の10月くらいですね。

関根米哉:俺が入って数カ月後くらいに作ったのが「アロー」です。

――きっと何か引き寄せ合うものがあったんでしょうね。

シキ:何やかんやで“錬成”されました(笑)。

ライター:榑林史章、編集:アニメージュプラス

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