• 新海誠『すずめの戸締まり』に続く次回作で「アニメーションの可能性を広げる」
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2023.10.18

新海誠『すずめの戸締まり』に続く次回作で「アニメーションの可能性を広げる」

『すずめの戸締まり』 (C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会


◆アニメーション監督としての自覚◆

ーー今のお話を聞いていて感じましたが、新海監督自身の中で「自分はアニメーションを作っているアニメーション作家/アニメーション監督である」という自覚が強まっているのでしょうか?

新海 そうですね、確かにそうかもしれないです。10年くらい前までは、自分がアニメーション監督であるとあまり強く意識はしていなかった気がします。僕は自主制作からキャリアをスタートしているし、アニメーション業界では外様の位置にいると感じていました。今もけっしてアニメーション業界の真ん中にいるとは思っておらず、端っこのほうで自分にできることをやっている、という気分のほうが強いです。

ただ、特に『君の名は。』以降、僕の作っている作品をアニメーションとして観客が受け取ってくれるようになった。「アニメを作っている新海という人がいる」「新海が作っているのはアニメだ」と思ってくれる観客が増えて、そのフィードバックで僕自身も「そういえばそうだったんだ」と自覚させられるようになった、という感覚です。「観客によってアニメーション監督にしてもらった」というのが、この10年程の自分の中の変化なのかもしれません。

ーーパッケージに収録されたオーディオコメンタリーやメイキング映像でも、新海監督は「みんなで作っている」ということを強調していらっしゃいました。それも「アニメーション監督」というご自身の立ち位置をより強く自覚している現れなのかなと感じます。

新海 アニメーション映画の制作は、一種の公共事業みたいなものだなと思います。とても手間がかかるし、人件費も結構な額が必要になる。昔、スタジオジブリの映画の制作費が10億、20億と聞いて「どうやったらそんなにお金がかかるのだろう?」と思ったことがあるのですが、今は少し理解できるというか、むしろ「この規模の作り方だとそれくらいかかるよな」みたいな気持ちがだんだんわかるようになってきました(笑)。そして、全国の映画館である期間、かなりの館数を使わせてもらって上映する映画でもあるので、否応なくある種の公共性が求められるようになると思うんです。

自分たちのやっている仕事がいつからか、公共事業とまではいかないまでもパブリックな仕事なんだという感覚が強くなってきて、それはもう自分ひとりで収まるようなものではない。僕はその企画の起点であったり、総括する立場に立ってはいるけれど、個人の力がすべて及ぶようなものではまったくないと感じます。
だから、みんなで作っている、と伝えたい。アニメーション産業というある種の公共性や持続性がある仕事を自分たちはやろうとしているし、観客にもそういうものだと思ってほしいという気持ちがあるから、繰り返し「みんなで作っています」と言っているのかもしれないですね。

ーー最初は個人制作の作家として出発した新海監督が、作家としての側面も維持しつつ、大きな産業の中でご自身の役割をはたしている。やや失礼な表現になってしまうかもしれませんが……そういう作り手に成長した姿に、ある種の感慨を覚える人もいるのではないでしょうか。

新海 これが成長と言えるのかはわかりませんが。逆に、初期の自主制作の頃のようなピュアな動機をいつまでも持ち続けられる人もいると思うんですよ。ずっと自主制作で、自分の手の届く範囲で、特定の人に深く届ける作品を10年、20年、30年と作り続けられる人もいると思うのですが、僕はきっと、そういうタイプではなかったんでしょう。どちらが偉いとか、どちらが大人として立派かという話ではなくて、単にその人の傾向の話で。僕はたまたま、どちらかというと個人的なものよりパブリックなものを作りたいという志向を持っていたということかもしれません。

(C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

アニメージュプラス編集部

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