• 【追悼】大塚康生 友人が目撃したその模型愛・晩年の素顔
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2021.05.04

【追悼】大塚康生 友人が目撃したその模型愛・晩年の素顔

愛車のジープに乗った若き日の大塚氏。 写真提供/大塚康生

昭和30年代からアニメーションの世界で活躍、『太陽の王子 ホルスの大冒険』、『ルパン三世』シリーズ、『パンダコパンダ』『未来少年コナン』『じゃりン子チエ』など宮崎駿監督、高畑勲監督らと数々の名作アニメに携わってきた名アニメーター・大塚康生さんが去る3月15日に亡くなられた。
長きにわたり大塚氏と友好関係を深めてきたライター・編集者である岸川靖氏に、今回大塚氏との思い出を綴って頂いた。本稿で近しい間柄ならではの筆による、知られざる大塚氏の素顔に触れていただけると幸いだ。

追悼 大塚康生さん
▲「英国陸軍SASジープ」(1/35 田宮模型)を持つ大塚さん。プラモ創世記から作り続け、その腕前はプロ級。

「大塚さんにジブリの悪口を訊いて本にしないか?」

スタジオジブリの代表取締役プロデューサーである鈴木敏夫さん(以下、敏夫さんと呼称)から、呼び出され、そう告げられたのは十年近く昔のことだ。敏夫さんは、わたしと大塚さんが模型仲間であり、利害関係が無いことを知っていて、そう依頼してきたのだ(と思う)。
敏夫さんの企画趣旨は「ジブリはイメージが良くも悪くもいい子になってしまった。そして高畑(勲)さんも宮(崎駿)さんも、妙に神格化されてしまった。あのふたりに対して物言いができる人間は大塚さんをおいて他にいない。ジブリの神格化されたイメージを壊すため、キミに大塚さんから、ふたりの悪口を伺ってまとめてほしい」というものだった。
「ジブリのブランドイメージが悪くなるのでは?」と思うわたしの心を見透かすように、敏夫さんは「面白そうだろ? 売れるよ」と自画自賛する。さすがは尾張商人であり、元徳間書店「週刊アサヒ芸能」編集部出身者だ。

その帰り道、いろいろ思い出してみた。私と大塚さんとの付き合いは、模型愛好家の集まりで紹介されたのがきっかけだ。そのときは、大塚さんは連合軍車両愛好家という認識で、第三帝国車両愛好家のわたしとは宗派が異なり、お話した記憶がない。その後、某模型メーカーで企画に協力した模型開発時に、親しくおつきあいさせていただくことになった。もう30年以上昔のことだ。しかし、大塚さんとアニメーションの話をした記憶はほとんどない。せいぜい、お気に入りのフランスのアニメ『王と鳥』として知られている『やぶにらみの暴君』(52)や、大塚さんが参加作品では一番好きとおっしゃっている劇場版『じゃりン子チエ』(81)について、雑談したぐらいだ。

帰宅後、大塚さんに電話をかけ、近々、おうかがいする約束をとりつけた。
後日、大塚さんのお宅にお邪魔して、来訪の理由を説明した。
いつもは柔和な大塚さんだが、説明を聞き終わると真面目な顔をしてタバコを手に取り、火を点けると、煙を吐き出しながらこうおっしゃった。
「わかりました。引き受けましょう。ただし、条件があります」
「はっ、なんでしょうか?」と私。
大塚さんは再び煙を吐き出した後、こう続けた。
「高畑さん、宮さんの悪口だけでは不公平だ。鈴木さんの悪口も言わせてください(笑)」
もちろん、私に異論があるはずがない。
それから10年、その本は出ていない(理由は後述)。

アニメージュプラス編集部